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感動の歳事記
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大津美鈴さんの作品展に臼井真利恵さんという女性が来られた。
彼女のご主人は毎月15日に開催している「百万遍の手作り市」を友人の榎本さんという方と共に運営しながら、自らも古生地を利用してバッグやアクセサリーなどの作品づくりに精を出しているとても魅力的な女性。前から少し興味があった「手作り市」。その切っ掛けから伺ってみた。

話は「臼井書房」の話から切り出された。彼女のご主人のお父上がなんと、詩人・臼井喜之介氏。今で言う白川書院「月刊京都」の創刊者である。

お父様の詳細はリンク先に任せるとして、その臼井さんが百万遍知恩寺で手づくり市を企画したのは今から19年前のこと。ご友人の榎本さんの奥様が百貨店の企画で作品を出展し、納得のいかないマージンを持って行かれたのがはじまり。当時はものづくりをする人のためのマーケットが少なかったため、臼井さんは自宅(臼井書房)のすぐ近くにあった「知恩寺」さんに場所を提供していただけないかとお願いをした。すると寺の行事の時ならOKということで、有名な数珠廻しのある15日に境内を借りてその市は始まった。当初はまだ宣伝もままならない状態で出展者は小数。でも彼女の言う「青空個展市」は堂々と開催されることになった。

臼井さんの誘いで出展した大津さんは「あの頃はゆったりと場所が借りられて、とても良かった」と語る。何せ木と木の間にロープを渡して織の作品をかけて販売するくらい、場所にも余裕があったという。訪れる人々もゆっくりと作品を見ることが出来、また、お客さんとの対話も、ゆっくり楽しみながらできたという。

そのうち、「百万遍の手づくり市」は、京都の新しい「市」として人々の間に知れ渡り、今のようなスタイルが確立された。「当時は純粋にものづくりをし、出展していた人が多かった。売れないときも他の出展者がもっと●●すればいいのでは、など、アドバイスしたり購入し合ったりして互いに支え合いながら市が開かれていたように思います」と、臼井さん。

一時は、業者やテキヤさんたちが出入りするようになり、市の雰囲気も悪化。ものづくりをする人が敬遠して出展しない時期もあったという。そんなことから最近では往復ハガキで申し込んでもらい、審査(手づくりかどうかを判断する)しながら立ち上がり当初の雰囲気にもどすように努力しているという。

臼井さんたちが唯一こだわったことは「リサイクル商品」を受け入れなかったこと。確かにひとつひとつに作り手の思いが託されてこそ手づくり品は生きてくるもの。たとえば、その隣で、規制の物が安価で売られているとなると、やはり作り手のモチベーションもさがるというものである。
18年の歴史の中で培ってきた「市」への思いを語る臼井さん。
作り手のことを考えながら、そしてお客様も満足させる市の運営はそう容易い事ではないはずなのに、彼女をみていると「余裕」さえ感じられるのは何故だろう。自分に自信を持って生きている人のオーラなのか。

自分を信じて、てづくり品に徹する思いが形になり、今の百万遍のてづくり市があるのだと思う。

後で聞いた話だが、臼井さんは出展者の立場でも市が観られるようにと、一般の人と同じように出展料を支払って毎月参加しているとのこと。頭が下がる思いがした。

継続は力なり。これからもいい作品が市に並ぶよう、影ながら応援したいと思う。


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